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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)686号 判決

控訴人 森田ん

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 山口治夫

被控訴人 湧井泰子

被控訴人 湧井真以子

右法定代理人親権者母 湧井泰子

右二名訴訟代理人弁護士 金子正康

主文

本件控訴をいずれも却下する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

(控訴人ら)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決

(被控訴人ら)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  本案前の主張(控訴の追完の主張)

(控訴人ら)

控訴人らの本件控訴は、左記のとおり民事訴訟法一五九条一項所定の要件を具備するものであるから、本件控訴は適法である。

1 控訴人らにおいて原判決に対する控訴期間を遵守することができなかったのは、次のような事情によるものであり、それは控訴人らの責に帰すべからざる事由によるものというべきである。

(一) 原審における訴訟手続は、控訴人らに対する送達につきすべて公示送達の方法によって行われたものであり、控訴人らは本件訴訟が東京地方裁判所に係属し、審理され、控訴人ら敗訴の判決があった事実を全く知らず、ために控訴期間を徒過したものである。

(二) ところで、控訴人らは従前東京都渋谷区恵比寿二丁目一二番九号所在の本件建物に居住し、同建物において薬品雑貨パン類の販売を行っていたが、事業が不振となって借金をするようになり、そのため被控訴人らに対する地代の支払を滞って支払請求を受け、その他の債権者からも強く借金の返済を迫られる状態となった。そして、昭和五三年四月一八日被控訴人らに対しては遅滞していた地代(昭和五二年四月分から同五三年三月分まで)を支払ったものの、その他の債権者への支払ができなかったため、控訴人らは連日連夜債権者から借金の返済を迫られ、特に控訴人森田んは不眠症にかかってしまったため、これを一時避けるため昭和五三年五月二四日知人を頼って千葉県柏市にやむを得ず移転した。移転先を近所の人に知らせなかったのは、債権者が移転先を聞き出して移転先に押しかけることを恐れたためである。

(三) 控訴人らは一時賃料の支払を滞り被控訴人らから契約解除の通告を受けたことはあったが、昭和五三年四月一八日一年分の賃料を支払った際、被控訴人湧井泰子から解除の意思表示を撤回されたのであり、その後の賃料も少しく時期が遅れはしているが弁済のための供託をしてきているので、まさか被控訴人らから賃料不払による賃貸借契約解除を理由として本件訴訟が提起されようとは夢にも思わず、その予測すらできなかったものである。

なお控訴人らが昭和五三年四月分以降の賃料を供託したのは、控訴人森田雄吉が昭和五三年四月一八日に本件土地の賃料を持参したとき、被控訴人湧井泰子及び被控訴人ら代理人弁護士金子正康(以下「被控訴代理人」という。)は本件建物が借地部分よりはみ出しているようなので測量した上はみ出していたら賃料を増額する旨述べ、その後昭和五三年四月分の賃料を持参しても正確な測量結果が出るまでは受け取れないとして、その受領を拒否されたからである。

2 控訴人らは、昭和五四年三月一六日、知人である訴外梅沢義人からの連絡により、本件訴訟が東京地方裁判所に係属し、既に判決がなされていることを知り、その日から一週間以内である同年三月二二日に本件控訴を提起した。

(被控訴人ら)

控訴人らの本件控訴は不適法である。

1 契約解除から本訴提起までの交渉の経緯

(一) 控訴人森田んは被控訴人湧井泰子から再三催告を受けたにもかかわらず、昭和五二年四月一日以降の賃料を一二か月分も支払わないので、被控訴人らは昭和五三年三月一七日付書面(翌一八日に右控訴人に送達)をもって本件賃貸借契約を解除した。

(二) 控訴人森田雄吉は再三被控訴代理人に賃貸借契約を継続できるようにそのとりなし方を依頼してきたが、同年四月一二日被控訴代理人は、地代の延滞だけの問題でなく、最近賃貸地の境を越えて増築している事実もあるようなので、とうてい要望に応じられない旨回答した。

(三) 同月一八日控訴人森田雄吉は被控訴人方を訪れ、昭和五二年四月一日以降一か年分の延滞賃料を支払った(控訴人はその際解除を撤回してもらったと主張しているが、全くそのような事実はない。)。

(四) 同月二〇日に控訴人森田雄吉は被控訴代理人の事務所を訪れ、賃貸借継続の件について交渉した。その際詫び料を払って解決するという話も出たが、むしろ越境増築の問題が主たる話題となり、近日中に専門の測量士によって調査することとなり、同年五月一二日右測量を実施した結果、やはり、賃貸地以外の被控訴人所有地にはみ出して増築していたことが判明した。その件についての措置は、いずれ正式な測量図を見た上で検討することにした。

(五) 五月一七日控訴人森田雄吉は被控訴代理人に建物の譲渡承認を求めてきたが、翌一八日被控訴代理人は右申し入れを拒否する旨回答した。その後本訴提起に至るまで控訴人の誰からも被控訴人ら及び被控訴代理人に全く音信がない。

2 契約解除から訴提起までの交渉は以上のとおりであり、その間問題は何ら解決しておらず、解決の見通しすら立っていなかったもので、それを放置すれば当然被控訴人から法的に明渡しの手続をとられることは予想されるところである。控訴人らは本件訴訟の予測すらしなかったというが、所有する土地の占有者の行方が全く分らず、ましてその者には契約違反があって解除までしているのに、その地主がいつまでも手を拱いていることは常識では考えられないことである。そのような状況のもとで控訴人らが多数の債権者から追及を逃れるため行方をくらましていたため、訴訟手続の進行と判決の送達がやむなく公示送達の方法によって行われたのであるから、本件控訴期間の不遵守は、控訴人らの責に帰すべき事由によるものといえる。

《以下事実省略》

理由

一  原判決が昭和五三年一〇月三一日午後一時東京地方裁判所で言渡され、同年一一月二日公示送達の方法により控訴人に送達され、その公示送達は民事訴訟法一八〇条一項但書の規定によって翌三日送達の効力を生じたものであるところ、控訴人らはその控訴期間経過後である昭和五四年三月二二日当裁判所に控訴の申立をしたことは、記録上明らかである。

二  控訴人らは、民事訴訟法一五九条の規定に基づく訴訟行為の追完により、本件控訴は適法とさるべきものであると主張するので、この点について判断する。

《証拠省略》を総合すると、次のような事実が認められ(る。)《証拠判断省略》。

1  控訴人森田雄吉は母の控訴人森田ん、姉の控訴人森田淑子とともに本件建物に居住し、薬局及び菓子雑貨パン類販売業を営んでいたところ、事業に失敗して債権者から昼となく夜となく強く借金の返済を迫られるに至り、昭和五三年五月二四日には債権者の追及から逃れるため家族ともども本件建物から出て千葉県柏市の知人方に身を寄せたのであるが、右転居に際しては本件土地の賃貸人である被控訴人らにはもとより近隣者にも転居先を告げず、また住民登録法上の転出手続をとらなかった。

2  本件土地は、控訴人森田んが借主となって被控訴人らから賃借していたものであるが、当事者間の約定によればその賃料は毎月末日限りその翌月分を被控訴人方に持参して支払うこととされ、また賃料の支払を一回でも怠ったときは、賃貸人は催告その他何らの手続を要せずに本件賃貸借契約を解除することができると定められていたが、本件土地の賃借人である控訴人森田んは昭和五二年四月一日以降一二か月間の賃料の支払を滞ったため、被控訴代理人から昭和五三年三月一七日付内容証明郵便をもって本件賃貸借契約を解除する旨通告された。そこで控訴人森田雄吉はその頃被控訴代理人に対し契約解除を宥恕してくれるよう再三要望したが、同代理人は被控訴人湧井泰子の意思を確認したうえ、地代延滞だけの問題ではなく賃貸地の境を越えて増築している疑いがあるので控訴人らの要望には応じられない旨回答した。控訴人森田雄吉は昭和五三年四月一八日になって昭和五二年四月一日以降の未払賃料を被控訴人方に持参して受領を求めたが、被控訴人湧井泰子は予め被控訴代理人に相談していたところに従って昭和五二年四月一日以降一か年分の未払賃料のみを受領し、昭和五三年四、五月分の賃料は契約解除後のものであるとの理由で受領を拒否した。その後越境増築の事実を明らかにするため控訴人森田雄吉、被控訴人湧井泰子、被控訴代理人が立会って本件土地の境界を測量したことがあったが、その際も控訴人らが希望する契約継続の件についてはその条件を煮詰めるまでに至らず、また被控訴人湧井泰子及び被控訴代理人のいずれにおいてもそれまでに契約解除の意思表示を撤回したことはなかった。ところで、その頃控訴人森田雄吉は前示のように事業に失敗して債権者らから強く借金の返済を迫られるという状態にあり、同年五月二四日には債権者の追及から逃れるため家族ともども本件建物から退去して行方が分らなくなってしまったため、本件賃貸借解除をめぐる当事者間の話合いは、何らの解決もみないままとなってしまった。

3  被控訴人らは同年六月三〇日東京地方裁判所に本件訴訟を提起したが、控訴人らに対する訴状副本が送達できなかったため、同年八月八日控訴人らの転居先が不明である旨の疎明書類を添えて公示送達の申立をしたところ、原裁判所は控訴人らの住所を所轄する渋谷警察署に控訴人らの所在調査を嘱託し、同警察署から控訴人らの転居先が不明である旨の回答を得たうえ、同年九月二六日控訴人ら三名について公示送達によることを許可して以後の手続を進めた結果、同年一〇月三一日被控訴人らの請求を認容する判決を言渡し、右判決正本の公示送達の方法による送達の効力は同年一一月三日生じた。しかし控訴人らは前示のように自ら被控訴人らとの連絡を断っていたためもとよりその事実を知らず、昭和五四年三月一六日頃になって知人からの連絡により初めて知った。

右に認定した事実によれば、控訴人らは多数の債権者らの権利行使を事実上阻害する目的で行方をくらましたものであるが、被控訴人らとの関係においても、本件土地の賃貸借契約を解除され、当事者間に法的に紛争状態が存したのであるから、控訴人らにおいて所在をくらませば被控訴人らの権利を実現する手段としては建物収去土地明渡請求訴訟を提起する以外になく、しかも控訴人らの所在が不明である以上その訴訟書類の送達は公示送達の方法による以外にないことも予測できたというべきであるから、右のような場合において、控訴人らが公示送達による判決の送達を知らず控訴期間を遵守できなかったとしても、それは民事訴訟法一五九条にいわゆる「当事者ガ其ノ責ニ帰スベカラザル事由ニ因リ不変期間ヲ遵守スルコト能ハザリシ場合」に該当せず、却って控訴人らの責に帰すべき事由によって控訴期間を遵守することができなかった場合に該当するというべきである。

そうすると、控訴人らの本件控訴は、民事訴訟法一五九条所定の訴訟行為の追完を許される場合には該当しないから、控訴期間を徒過したものとして不適法たるを免れない。

三  よって、控訴人らの本件各控訴はいずれもこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条九三条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 鈴木重信 渡辺剛男)

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